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坂本遼 詩集 抄

 

 

 

お鶴の死と俺

 

『おとつつあんが死んでから

十二年たつた

鶴が十二になつたんやもん』

と云うて慰められてをつたお鶴が

死んでしもうた

 

はじめて氷が張った夜やつた

わかれの水をとりに背戸へ出て

桶に張つた薄い氷をざつくとわつて

水を汲んだ

 

お鶴はお母んとおらの心の中には

生きとるけんど

夜おそうまでおかんの肩をひねる

ちつちやい手は消えてしもうた

 

おら六十のおかんを養ふため

働きにいく

 

お鶴がながい間飼ふた牛は

おらの旅費に売ってしもうた

おかんとおらは牽かれていく牛見て

涙出た

 

仏になつとるお鶴よ

許しておくれよ

おら神戸へいて働くど

 

 

 

 

 

 

おかんはたった一人

峠田のてっぺんで鍬にもたれ

大きな空に

小さなからだを

ぴよつくり浮かして

空いつぱいになく雲雀の声を

ぢつと聞いてゐるやろで

 

里の方で牛がないたら

ぢつと余韻に耳をかたむけてゐるやろで

 

大きい 美しい

春がまはつてくるたんびに

おかんの年がよるのが

目に見えるやうで かなしい

おかんがみたい

 

 

 

 

 

たんぽぽ

 

おら肺が弱いので

空気のんで

たんぽぽの冠毛をふくのや

 

冠毛は寒そうに首ちぢめて

仲よしさうに手つないで

春といつしよに

うれしさうにいつてしまふのや

 

 

 

 

 

日向

 

くにではもう雪がふつているやろ

おかんはたつたひとり

にわとりに卵をうんでもらつてくらしとるやろ

時たまひよりの日には

南向きのとり小屋のなかで

にわとりといつしよに

日向ぬくもりしているやろ

 

ぢつと目つぶって

 

 

 

 

 

からす

 

そらが高くなつたから

細い梢に停まると寒い

 

無音の悲しみを陰影して

長い坂を遠く降りてゆく葬列よ

あの山裾を右へ曲がって見えなくなれ

 

飢じいので

墓にそなへた握飯が早く食ひたい

 

陽が西へ入って

西風がつよくわたる

吹きちぎられないやうに

西の方へ嘴を延ばして鳴いた

 

もう帰のう

お老母の待つている巣はどつちにあつたか忘れた

 

 

 

 

 

おかん

 

   1

 

おかんの墓は

南をむいた山の

小ちやい日溜まり

花の咲くままに荒れはてて

たんぽぽの大きいのや

蓮花草などが

咲きみだれとる

もう あのあのおかんの肉はなくなり

骨だけが さびしさうに

西の方をむいて

合拳しとるやろで

 

   2

 

おかんは死んでしもうた

おかん おらも死にたいわ

 

   3

 

おかんが死ぬ前に

おら おかんに問ふた

「林檎のスープと梨のスープとどつちよい」

おかんは言ふた

「安いのがえ

 

 

 

 

おかんの死 (第二・五・六連略)

 

ながいあいだ湿布したので

おかんのねてをる床がくさつてしまひ

ある朝おきてみたら

おかんのからだは斜になつて

頭は畳といつしよにおちこんでいた

それでせんべのようなふとんをひつぱつて

納戸のすみへもつていつた

(その時のことをおもうとおら涙がでる)

それは十一月終わりの寒い頃で

まい日そとはひどいみぞれが吹いていた

 

一日 二日 三日 四日 

だんだんとおかんは弱っていつた

お医者がどうしてもあかんといふた日から

まい晩おらはおかんの手をにぎつてねた

脈がいつとまつてしまふかも分からんから

やせたかたい手をにぎりながら

この手がつめたくなつてしまはないかしらんと

幾度おもつてかすかな眠りにおちていたことか

ながい間働き通しであつたから

おらが一人前になるまでとおもうて

働き通しであつたから

そのてのひらは肉刺だらけやつた

そのざらざらしたのにさはつてみて

涙がにじむのを覚えたこともあつた

 

おかんはチブスで死んだのやから

村の人にも助けてもらわずに

おららだけで墓へ持つていつた

薄くつもつた雪をのけて

土をきせた

それから雪のふつている中を家へかへつた

おつるが死んだのも冬やつた

おかんもまた冬死んでいつた

 

 

 

 

 

食ふものがないので

 

目をつぶつて

春の雲の方へ首をのばして

山羊が泣笑している

 

     ●

 

マッチの頭

なぜてやろう

 

 

 

 

 

れんげ畑(遺稿)

 

耳をすますと

おお きこえてくる きこえてくる

遠い海鳴りのような昆虫の翅

百千万の昆虫の

天井からふってくるように

地ぞこからわいてくるように

 

あぜ道にねころんで

横目を流すと

ぼかしたピンク色の地平線上に

舞いあがり 舞いさがり 重なり合う

百千万の微粒子の群れ

 

そこには

さげすみもなく ののしりもない

そねみもなく のろいもない

いかりもなく かなしみもない

生活苦なんてさらさらなさそうだ

 

「ええドンタクやのう」

源やんがくわをかついで通った

遠い山のすそで

花びらが散っている

 
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